熱狂のステージを終えた3人は、その日の夜もスタジオに篭った。
3人のセッションは夜通し行われた。新しいアルバム作りに向けて。制作はいよいよ大詰め。残るは本人達の納得のいく音さえ録れれば完成、というところだ。
ようやく全ての音源を録り終えた頃、天窓からのぞくいぶし銀の空は、既に明るくなり始めていた。
暫し呆然の3人。
その表情には、心からの達成感が滲んでいた。
ようやくコウヤが口を開いた。
「…なぁ、相棒。難しい事は言えないんだけど、多くの人が僕らに惹かれ、僕らから感じるものは、きっと、必死に生きている人間が持つ共通した価値観なんだろうな。」
マサカズはその言葉にうなずいた。
「そうかも知れないね。みんながそうだとすれば、きっとみんな分かり合えるよね。」
コウヤは振り返り、Aにこう言う。
「だからおいらは君にこれからもMont Blancとして歌ってほしいと正直に思うし、そんな歌をきっと世界の皆が待っていると思うんだ。」
「…そうかしら」
刹那の沈黙ののち、俯きながら A は口を開いた。
「人と人が理解しあうってとても時間がかかるでしょ。私たちみたいに、いっぺんで全部理解しちゃうってこともあるけど、もどかしいぐらい時間がかかることもある…。解る?でもね、そんな時も急がないで、そんなものねと笑っていたいのよ。誰もがあなたみたいに必死で生きている訳じゃない。…私もね、決して急がず、自分の歩みでゆっくり歌いたい。」
その時、スタジオの扉がそっと開いた。
「…ママ?」
そこに現れたのは、クリーム色のポシェットを斜めがけにした栗毛の小さな女の子だった。襟元にはベルベットのボウタイが下がり、ベルトの付いた赤い革靴が輝いている。
少女はAに駆け寄ると、Aの首元を両腕でしっかりと抱きしめた。
「さ、帰ろっか。」
Aは少女にそう言うと、2人の方を振り向き、ハッとするほどの笑顔を見せて、こう言った。
「私が好きなのは、『私たちのMont Blanc』じゃなくて、やっぱり『あなたたちのMcKINLEY』みたい。私の役目はもうおしまい。だってコウヤ、ほら、そんなに素敵な顔してるじゃない。オーディエンスが待っているのは、あなたの声なのよ。」
そう言ってそっとウインクするA。Aはアンプの上に載せられたスキットルをローライズジーンズのウエストに挟むと、少女の小さな手を握り、そのままスタジオを後にした。
階段を上り、Aがスタジオのエントランスを出ようとした時、スタジオのある地下のフロアから、この唄が漏れてきた。
Aはその場で立ち止まった。
「あのおじちゃんたち、悪い人たち?ママとけんかしたの?」
少女がAに問いかけ、見上げる。
「ママ?泣いちゃったの?」
しばらくの間、ぎゅっと目を閉じ、その音楽に耳を傾けていたAは、少女にこう言った。
「ううん、いとおしくていとおしくて、ちょっと涙が出ちゃっただけ。」
Aは涙を拭い、ぎゅっと少女の手をつなぐと、振り返らずに扉から出て行った。
外はこの冬最初の雪が降り始めていた。


