静かな部屋。
緑色のドラムセット。トルクメニスタン製の古い絨毯。その上にL字に配置されたチェスターフィールドの5シーターソファ。アーチ窓の窓枠には、蛾の死骸がそのままになっている。
窓の下に置かれたギブソンのアコースティックギターには、いつから触っていないのだろうか、薄らと埃が被っていた。ソファに腰掛けたマサカズの、壊れたカメラを修理するかすかな音だけが聞こえる。ドライバーがパーツに触れる音、ビスの転げ落ちる音、ハンダの溶ける音。
コーヒーテーブルの灰皿に置かれた煙草の煙は、真直ぐに天井に昇るその途中で、溶けるように消えていった。
「カラン」
ウイスキーグラスの氷が音を立てて溶けた。
マサカズのはす向かいに深く腰掛けているコウヤは、そのグラスをまるで硬球のように握り締めた。ウイスキーグラスは掌の上で弄ぶのに適した形をしている。それは程よい量のウイスキーを注ぐためでもあり、男たちがその秘めた思いを掌に託し、緩やかに溶かしていくためでもあるのだろう。
オンザロックの氷に体温を伝え、次第にウイスキーが薄まっていく過程の中で、彼の胸の中の固い心が溶けていく。
「カラン」
再び氷が音を立てた。
「コウヤ?」
マサカズはようやく手を休め、コウヤにこう言った。
「…本当に本当に好きになったなら、側に居たいし、触れていたい。だけど、例え内側のほうで繋がり得たとしても、きっと満足出来はしないよ。結局どこまでも、ひとつの境界線を隔てた存在でしかなくって。どんなに強く抱きしめても、彼女はその境の向うに居る存在でしかないんだ。」
「いや、違うんだ…違うよ。」
コウヤが呟いた。
「…これは恋とか愛とか、そういうものじゃないんだ…。俺は…Aのスピリットをより強く感じることだけを考えていたかったんだ。アイツの今にも張り裂けてしまいそうな心の叫びから溢れ出すソウルさ。…そんな彼女の歌を思い出すと、今も泣けて仕方無くなるんだ。」
コウヤは握りしめたウイスキーグラスの底に涙を落とした。
マサカズは彼の言葉を、まるで砂時計の砂が滑り落ちるようにゆっくりと時間をかけて心の中にしまいこんだ。
ゆっくりと、ゆっくりと。
「なぁ、コウヤ?」
マサカズは立ち上がった。何ヶ月も触れぬままだったギター。弦は既に錆びかかっていた。
「久しぶりに歌わないか?」
そういって、マサカズはギターを爪弾くと、それに合わせてコウヤもこの唄を歌った。


