McKINLEYの音楽は、多くの人を引き付ける何かがあった。
それは、テクニックや音楽性、言葉での説明の域を超えた、不確かなものである。
街角で歌う彼等のもとを訪れる人々も多く、共に音楽を演りたい、という者も少なくなかった。
二人も、自分達の音楽で解放される人がいることを信じていた。
それ故に、共感してくれる人の存在を嬉しく思っていた。
救われる人を愛おしく思っていた。
しかし。
McKINLEYの2人にも苦悩の時期があったことをご存知だろうか?
その経緯とは――。
レコーディング後の、とある取材での出来事だった。
―ねぇ、来月発売されるこの曲で、もう3作目だよね。
と、とある彼等のもとに集まる誰かが口を開いた。
「うん。」
と、ティアドロップのサングラスをはずしながらマサカズは答え、
「って言ってもさ、やっぱり僕達は何も変わってないからね。」
と付け加えた。
―これだけ世間で騒がれるようになっても?
「いろんな人に音楽を聴いてもらえることは嬉しいよ。でもさ、作ることは何も変わってないよ。」
とお茶を飲みながらコウヤ。
しかし集まる人々は、彼等二人に矢継ぎ早に質問攻めにしていった。
―これは何を思って作ったのか?
―僕はこう感じるけれど本当のところはどうだ?
―このメロディーラインはどこからインスピレーションを得た?
―この歌詞の意味は?
と。
「伝わるものは伝わるし…、そうでないとすれば、聴く君たちにもそれ相応の姿勢が必要なはずなんだけどな。」
と、マサカズは呟く。
―にしてもさ、今回のアレンジはチャレンジだったって、コウヤも言ってたよね。
「っていうのも、後付けだよね……実はさ。」
とコウヤがちょっと不機嫌そうに言う。
「だね。曲を作るのってさ、ほんと、感覚。じゃあ、チャレンジの無い他のアレンジも考えていたのかっていうと、それは『無い』んだよ。そういう方法論でもないし、取捨選択でもない。はじめからイメージは出来てるんだよね。」
とマサカズ。
コウヤは独り、黙り込んでいる。
《つづく》


