「誕生日おめでとう」
マサカズは心の中でそう呟いた。今日はあの男の誕生日だ。
洞穴バー『J』のバーテンダー、タケシ。
以前は「レモン・ハート」というバーで働いていたタケシ。彼と会ったのはいつの事だっただろうか。様々な噂、過去の良からぬ巷説を背負って生きる男。当時の2人は、このバーテンダーの馴染みとなるとは到底考えられなかった。
駆け出しの頃のマサカズとコウヤは、客が次々と去っていくストリートライブの後、重いギターケースと赤いマラカスを手に『J』に逃げ込むように通いつめていた。そんな時、彼から慰められた言葉を今でも覚えている。
「音楽は―――音楽は、間違いなく君らの人生だ。
大抵の人は社会に出て。たくさんの人と出会ったり、悔しさや苦しみを味わったりして、人生を学んでいく。だが、君らはまともに働いたことすらない。君らはきっとたくさんの人と同じような人生は送れないかもしれない。しかし君らは、音楽を通じてたくさんの人に出会い、苦しみや喜びを味わっている。
だから―――大袈裟じゃなく、音楽は君らの人生だ。」
言葉少なに、時間をかけて自分の思いを伝えてくれたタケシ。
この言葉に支えられた2人は、今後も良き友として彼と共に歩んでいく事を心の中で固く決めた。いずれ彼が婚儀の契りを結んだ時は、世界のどこにいても駆け付けよう、2人ともそう思っていた。
「おめでとう」
そう呟いたマサカズは、その後に「ありがとう」と付け加えた。
しかしきっと彼は、「わかってるさ」とでも言うかのような顔で、頷いて照れ笑いを浮かべることだろう。
様々な人との出会い、その中で育まれた「友情」や「敬意」を育んだ場所。あの頃の古き良き想い出を探しに、マサカズはアパートを出た。
きっとコウヤも今日の日を忘れる筈がないだろう。あいつの事だから世界の果てにいたとしても、祝杯をあげているはずさ。そう思ったマサカズは愛車のエンジンを点火させ、高速道路を西へと急いだ。
古めかしいカー・オーディオからは、そう、この唄が流れていた。


