『元気ですか?』とマサカズはコウヤに手紙を書いた。
それが彼のもとへいつ届くのかも、正しく届いたのかも、マサカズは知らない。
海外でのコウヤの活躍の噂は、国内でも聞けるようになった。正直なところ、なってしまったという心境でもあるのだけれど、恐らくこの状況は喜ばしいことなのだろう。
コウヤは、時にマサカズに対する感謝を言葉にするが、マサカズはいつもそんなのは何だかむず痒いと思っていた。マサカズはそれでも、コウヤの全てまではよく知らないでいるから、できることならもっと知りたいから、コウヤが忘却の彼方に消えないよう、手紙を書いた。
そんなうつむいた手紙を書いたことも忘れたある日、マサカズが出かけようとしたついでに何気なく覗いたポストに一通の手紙が入っているのに気付いた。
マサカズはそれを鞄に入れ、車の中で封を切った。
『旅をしていて最近はあまり日本にいません。出会った人たちは皆、かつてのMcKINLEYの音楽を既に知っていて、僕らはこの人たちと一緒にMcKINLEYだったんだな、と思います。僕らの出していた音の奥に何かを見つけてくれた人はみんな、McKINLEYだったんだと思います。いつかマサカズが「僕たちはMcKINLEYの『音楽班』みたいなものだよね」と、どこかのインタビューで言っていたのを思い出します。
朝、泊まっている部屋の窓を開けたら、昨日の夜には気付かなかった観覧車が見えました。
建物の屋上にある大きな観覧車は少し不思議で、おいらは乗りたくなりました。ちょうど時間もあったので、ホテルを出て目的の観覧車に向かったんだけど、観覧車には長い行列が出来ていて、結局乗ることは諦めてしまいました。その近くのお店でベルトを買って、部屋へ戻ってしまって。今履いてるベルボトムのジーンズが少し緩いので、ベルト。
別に人が多かったからと言うわけじゃない。人は嫌いじゃないし。
何となく頭の後ろくらいにある、それぞれの人のエネルギー。人と接する度に、どんな人からもそれを感じるから、元気になっていく自分がわかるから、だから人は嫌いじゃない。
どうして観覧車、諦めちゃったんだろう。どうしてだと思う?次の曲は「観覧車」にしようかな、なんてね。
来月には日本に戻る予定です。では、んじちゃーびら。』
マサカズはその手紙をしばらく持ち歩いていた。それは鞄に入れっぱなしだった、ということかもしれないし、いつでも読み返せるようにしたかったからかもしれない。理由はわからない。
とにかく、あの日を最後に今日まで、二人は逢う事はなかった。寂しいけれど、世界に羽ばたいていったコウヤの事を思うと、嬉しくなるマサカズ。
音楽は解放。
思考から解放してくれるのが音楽。
この日マサカズは、彼と別れてから初めてギターケースを開けて、朝まで歌った。
1人という事以外、何も変わらない、あのぼろアパートで。
――そう、2人で初めて作ったあの唄を。


