マサカズの日々

とあるバーで出逢った2人。
いつの間にか世間にもてはやされて、一種の社会現象ともいえるムーブメントを起こし、突然姿を消した2人。

あれから幾年月が流れた今も、ラジオのディスクジョッキーは、彼等の曲を昼夜関係なく毎日のように流し続けている事から、彼等の音楽が、今も人々に愛され続けている事を物語っている。

そんな世間の喧噪とは対照的に、彼等は静かにそれぞれの道を歩むことを決めた。
コウヤは世界の各地を転々とし、McKINLEYという一時代の「供養の旅」を続けている。
マサカズは長年住んでいたぼろアパートを引き払い、密かに駿河台のホテルに棲み付いていた。

今日も1階のフロアー奥にあるカフェで遅いランチをとるマサカズ。客は自分の他に、作業着を着た掃除夫が1人。掃除夫は小さな背もたれの付いた赤いビロードが擦り切れたカウンターチェアに腰掛け、苛々した表情を浮かべながら新聞を読んでいる。マサカズは大きな窓に面した席で、カスがこぼれ落ちないようにクロワッサンを食べながら、何度もコウヤからの手紙を読み返していた。

マサカズは、急に何かを思い立ち席を立った。

ホテルの2階にはコンピュータ・ルームが設置されており、宿泊者は自由にこの部屋を利用する事ができた。照明の壊れかかったエレベータを降り、人気のない薄暗い廊下を進んだ右手にそれはあった。

マサカズは手慣れた仕種でMcKINLEYのファンサイトへとアクセスすると、そのBBSの画面を眺めていた。数々の思いを馳せた、彼等へのメッセージ。それはマサカズが抱くコウヤへの思いのように思えてならなかった。

一体何時間モニタを見つめ続けただろう。

窓の外が暗くなりかけた頃、マサカズは自室に戻ると、ギターケースを開けた。BBSのメッセージというフィルタを通して、マサカズはコウヤへの思いを一心に書き綴った。それは、心の中にある瞬間的な映像や感情を言葉にする、と言った方が適切なのかも知れない。メッセージをそのまま繋ぐ訳ではなく、かといって具体的な引き出しがある訳でもなく、とても抽象的な行為なのだが、それを歌詞として紡いだ。

窓にマサカズの顔が映る。日付が変わろうとしていた頃、この歌が生まれた。

マサカズは、重厚なウォルナットのワークデスクに腰掛けると、何度も歌い続けた。

時間を重ねる、感情が生まれる。
それを受け止める。そこから生まれた楽曲。

マサカズは思った。
「僕ら2人の感じる世界、2人の創り出す音を、より近く、より深く、心から奏でたい。」

その時だった。
ワークデスクに設えた古めかしい電話機がけたたましく鳴り響いた。
「フロントですが、恐れ入ります。少し音量を下げていただけますでしょうか…。」