コウヤは身体がズキズキする痛みで目が覚めた。
記憶を辿ると、床に倒れていたはずだったが、何時の間にか再びソファに座らされていることに気付いた。
どうやらまだ生きている。一通り体が自由に動くのか確かめてみる。体中が痛むのに、顔に喰らったのは最初の一発だけのようだった。
「やっとお目覚めかね?」
顔を上げると、アルコスのローテーブルを挟んだ向こうに、白髪を短く刈り込んだ、恰幅の良い小柄な男のシルエットが浮かぶ。白いスーツにパナマ帽。葉巻をくわえた眼光の鋭い老人が座っている。まさに昔のマフィア映画に出てくるボスのような出で立ちだ。
大理石で設えたローテーブルの突板は、塵一つ、指紋一つ付いていない。その下の幾何学的かつエレガンスな脚部が目を引くが、この品の無い派手好みの老紳士には似つかわしくない。
「お前さん、あのお嬢ちゃんとどういう関係なのかね?」
「…何故帰ってきた…デューク…」
「そう言うな。お前さん、あのお嬢ちゃんに惚れてるのかね…いやそれとも、その姉さんの方かな?」
デュークはそう言って口角を上げ、頬を歪ませた。人工的な白さを放つ前歯にダイヤモンドが光る。コウヤの顔は熱くなった。その表情を見てデュークは言った。
「いい女だからな…だが今時珍しいじゃないか。そこまで侠気に富んだ奴は。 この世界にだって滅多にいない。なぁ、片桐。」
「…」
振り向くと、さっきの四角い顔の大男が神妙な顔で立っていた。
「どうだコウヤ。いい加減、戻らないか。」
デュークは、コウヤではなく、コウヤの左腕に巻き付けられた腕時計を見ながらそう言った。コウヤはデュークを睨みつけながら、ただ押し黙っていた。この男に「コウヤ」と呼ばれるのは何年ぶりだろうか。10年?いや、20年?コウヤはふとそんなことを思い返していた。
「…まぁいい。今回はお前さんの男気に免じて、百万、いやお前さんに言わせれば五十万か…、そのところを言い値通りの二十万に負けてやろう。」
コウヤは大ぶりなソファから痛む体をなんとか起こし、コートの内ポケットから札束の入った封筒を取り出すと、デュークの前に投げ置いた。デュークは袋の中身をちらりとも見ずに言った。
「コウヤ、命は大切にするもんだ。これからもな。」
コウヤは足を引きずりながら事務所を出た。
やっとの思いで階段を降りきってビルの外に出ると、雨が降っていた。腕時計を見るとカバーガラスが割れ、針が止まっているのに気付いた。今日ここで壊れたことに何か因縁めいたものを感じていたコウヤ。長年外すことの無かった腕時計を外し、通り沿いの老舗の床屋の振り子時計に目をやる。時刻は六時半。あと30分で店を開ける時間じゃないか。
勿論、時間通りに店を開ける義理などどこにもない、しかし、コウヤはタクシーを拾って急いで店に向かうことにした。顔がほとんど無傷だったのは、傍から見て殴られたことを悟られないようにするためだろう。転がるように乗り込んだコウヤに、タクシーの運転手は怪訝そうな表情で行き先を訊ねた。
店の住所を告げると、気を失ってしまったらしい。
運転手の不機嫌な
「…さん!…着きましたよ、お客さん!」
と呼ぶ声で目が覚めた。
靴の中敷きの下に隠した、人肌で生暖かく、湿り気のあるクレジットカードを運転手に差し出し、支払いを済ませる。コウヤは大急ぎでシャッターを上げると、店の奥へと入っていった。
身体に鞭打って準備をする。オーディオのスイッチを入れ、この唄をかける。
ちょうどその時、時計の針が7時を指した。
ドアが開いてユキが入ってきた。
やっぱり7時に店を開けられて良かった、と安堵した。
が、その後ろから背の高い男が遅れて入って来た。
《つづく》


