ニース空港、正式名称コート・ダジュール空港に着いたマサカズは、機内で思いついた曲のイメージをどうしてもコウヤに伝えたくなったので、慌てて公衆電話に向かった。
見渡す限りたった1台しか見当たらなかった公衆電話には、赤いスーツを着た長身の女性が、大声でかなりエキサイトしていた。大きな身ぶり手振りで相手にまくしたてる女。どうもトラブルらしい。聞こえてくるのは日本語訛りのフランス語だから、日本人か。
後に世に出るこの唄を何度も頭の中でリピートしながら、その女性をぼーっと眺めていたマサカズは、どこかで見たことのある女性だな、と、ふと思った。もしや十数年前に別れた彼女ではないか?
でもあの頃とあまりにも違いすぎる。あの頃は、背が高いことを気にし過ぎていたスポーティで大人しい感じの女性だった。当時は金髪をショートにまとめていて、服もジャージしか着なかったと記憶している。しかし、目の前の女性は綺麗なウェーヴのかかった金髪を肩まで垂らし、服装も洗練されていた。
ようやく電話を終えたその女性は、振り向くとマサカズを見て、ハッと気がついたような顔をした。
「マサカズ?」
と彼女は呟いた。
マサカズがおどけてお辞儀をすると、彼女も懐かしそうに微笑む。その笑顔にマサカズは昔の面影を見いだした。
やはりリョウコだ。
「ホテルの手違いで…今日泊まるところがなくなってしまったの」
十数年ぶりに会った彼女は昔よりずっと魅力的で、マサカズはもっと話をしてみたくなった。今日の宿は19世紀の神学校を改装して作られたホテル。部屋はいつものスイート。丁度いい。あの部屋は1人には広すぎる。
「良かったら僕の泊まる部屋を使わないか?」
リョウコの表情が曇る。
「…ベッド・ルームは2つあるんだ」
マサカズの言葉に安心したようにリョウコはまた微笑んだ。
ここ数年、マサカズがいつもバカンスにやってくるモンテカルロ。到着した初日はニース郊外の地中海沿いのホテルに泊まることにしていた。古いが、手入れの行き届いた明るい部屋。ホテルマンの質もいい。
「14年ぶりね」
部屋に入って落ち着くと、リョウコは言った。
「…そんなに経つのか」
マサカズはミニ・バーで飲み物を作りながら応える。
「あなたは変わらないわ」
その言葉に、グラスを手際よくスノースタイルにするマサカズの頬が少し緩む。
「そうか、変わってないか」
「そうやってカクテルを作ってくれるところとか?」
「僕の数少ない趣味だからね」
マサカズはシェイカーにメジャーカップでウォッカとグレープフルーツ・ジュースを入れる。
「少し太ったかしら?…勿論、貫禄が出たって意味よ。」
「10キロね。あの事務所は辞めて、今はこじんまりやってる」
「辞めた…何故?じゃあ、あの恋人とは?」
「…別れた」
マサカズの言葉にリョウコの顔に一瞬怒りの表情がよぎった。
しかし、シェイカーを振っていたマサカズはそれに気がつかなかった。
その頃コウヤは、静かな店内で―――
《つづく》


